うたかたのあとさき

泡沫のごとく儚き想いを形に

揺らぐ信仰 科学的事実を突きつけられたうどん信者の煩悶

ほうじょうです。

うどんに助けられ、うどんを賛美するほうじょうです。 

 

utakatanoatosaki.hatenablog.com

 

今回はショッキングな出来事というか事実を知ってしまいました。

 

医学的に「健康に良い食べ物」は5つしかない | 健康 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

こちらの記事でなんと「白い炭水化物」が複数の信頼できる研究によって健康に悪いという事実を突きつけられてしまったのです。

 

ご飯ならば、まあ、そんなものだろうと思ったのです。

思ったのですが、当然忘れてはならないのがうどん

 

うどんも当然白い炭水化物なのです!

 

 

うどんを信仰に至る由来

 

私はうどんに助けられてきました。

週5のうどんによって体重は50から70に。

この事実にどれだけ助けられたことか。

 

皆さんはご存知ですか?

やせ細ると足を簡単に組むことができるということを。

そして、足が太くなると足が組めなくなるということを。

 

この変化をご存知ですか?

私はうどんによって長年お行儀の悪い足の組み方をする方々がなぜお行儀が悪いのかわかりました。

単純に適正体重だからです。

 

それを私はうどんによって教えられました。

まさに私はうどんによって教化されたのです!

 

ああ、しかしなんたることか……。

うどんは健康に明確に悪いと言われるではありませんか!?

 

そんなのは信じられない。

信じたくない。

私は初めてなぜ宗教が過激にならざるを得ないのかを知りました。

単純に事実を認められなくなるのです。

 

狂信の自覚

 

私はほぼ毎日かまたまを食べていました。

かまたまの中です。

卵の量とうどんの量が絶妙で一番美味しく卵が食べられるんですよ。

おすすめです。

 

……流れるようにおすすめしましたが、毎日かまたまを食べるのはよくよく考えれば狂気的な所業のように思えてきました……。

 

私は狂信者だったのです。

そして、未だなおそれを認めるに至りません。

 

うどんは確かに私を適正体重にまで引き上げてくれた。

でもそこから先は?

食べ続ければ適正体重を上回ってしまうのでは?

 

疑念が尽きません。

 

各種宗教で「神を試してはならない」という戒律が生じるのはこのように疑念を持つことで宗教に対する過信を自覚させないためにあるのでしょう。

 

御神体を設定することの難しさ

 

私は今まで偶像崇拝を受け入れてきました。

多数の偶像を崇拝することこそ宗教のあり方だと本気で信じてきました。

ですが、今回うどんに対する信仰の揺らぎ、本物の動揺から偶像崇拝および宗教の危険性を改めて自覚しました。

 

偶像が破壊されることおよびそれが否定されることは非常に苦しいことなのです。

 

たとえ、それがかつての自分を支えてくれた神だったとしても現在の自分に有益とは限りません。

常に信奉し続けるのはしてはならないことなのです。

 

同時にすべての偶像を崇拝することは私が肉体を持つ限り不可能でした。

 

うどん信仰の是非

 

うどん。

かまたまうどん。

 

私は狂信的に食べてきました。

ですが、それだけではいけないのです。

ときには別種の何かを取り入れることが必要なのです。

 

うどんだけを狂信するのではない。

これからはうどん神もその他の神と同列に扱わざるを得ないでしょう。

私はうどんを特別な偶像として扱っていたようです。

 

うどんは週1に

 

疑念を持ったならば、一度離れてみることが重要です。

とりあえずうどんは1週間に1回ということにします。

 

よくよく考えてみれば、今までうどん以外の外食をほとんどしてきていませんでした。

とりあえず1週間に1度だけうどんを食べ、それ以外の日は定食にします。

いろいろなお店のいろいろな定食です。

 

特定の偶像を崇拝することの危険性を改めて実感し、改めたところで今回の記事は終わります。

ご読了ありがとうございました。